水凍結乾燥法

水凍結乾燥法とは

 走査電子顕微鏡(SEM)は真空中で試料を観察するので、水分を多く含んだ試料をそのまま観察しようとすると、試料から水分が抜けて収縮変形します。水分を含んだまま観察する低真空SEMやイオン液体を塗布する方法などもありますが、どちらも高分解能観察が苦手で、試料の長期保存ができないため、できるだけ形態を損なわずに試料を乾燥する必要があります。試料乾燥には臨界点乾燥法とt-ブチルアルコール凍結乾燥法が広く使用されていますが、有機溶媒の使用によって試料が変形しやすいため蛋白や脂質を固める化学固定が必須で、作製には長時間かかりました。鈴木らの開発した低真空SEM凍結乾燥法1)は、従来法と比較して多くの試料でより変形が少なく、化学固定も不要な試料も多く短時間でSEM試料作製が可能ですが、なぜ水のみで良い結果が得られるのかよくわかっていませんでした。創価大学に於ける研究の結果2-17)、水を使用した凍結乾燥法の原理が明らかとなり、低真空SEM凍結乾燥法が使用する液体窒素ではなく、最適質量の金属ブロックを-100℃に冷却し、試料を包埋した水の表面に接触して凍結するように凍結方法を改良したことなどによって再現性良く短時間で試料を作製することが可能となったので、この方法を水凍結乾燥法と命名しました。

水凍結乾燥法の原理
 凍結によって試料が壊れる主な原因は試料中に生ずる氷晶が大きくなって組織を破壊することによりますので、氷晶のサイズを無視できる程度に抑える必要があります。氷は水より軽くて水面に浮くことからわかるように、水には凍結すると体積が増加する特殊な性質があります。水に浸した試料を冷却して凍結するとき、生物試料の凍結温度は氷の凍結温度0℃より低温ですから、試料より先に周囲の水が凍結します。次いで試料が凍結する時、周囲を氷で固定されている試料は膨張できないので内部の圧力が増加します。圧力が増加すると水は粘度が上昇するため結晶し難くなり、試料内部の氷晶成長が押さえられます。また、水のみを使用するので有機溶媒による試料収縮が回避できます。これらにより損傷の少ない試料作製が可能となります。寒天ゲルを水中に置いて凍結後、水分を真空乾燥したとき、寒天の内部で氷晶が成長するとその痕跡が残ります。それは、水は凍るとき水以外の不純物を押し出して純粋な氷となる性質があるので、押し出された寒天が氷晶の外側に集められて壁を作り、断面を観察すると蜂の巣のような穴が見え、その大きさはほぼ氷晶の大きさとなります。普通に冷凍するとき、氷晶成長を抑えるには毎秒105Kの速度で冷却しなければならないとされていました。下図は冷却速度を変えて寒天ゲルを凍結後真空乾燥し、横軸に時間単位で示した冷却速度、寒天内部に生じた穴の大きさを縦軸に示したものです。これから、水の中に置いた時は毎秒約10Kで冷却すると観察できるサイズの氷晶は生じないことがわかりました。

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下図は従来の方法と水凍結乾燥の手順を比較したものです。

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水凍結割断

水凍結乾燥法の開発過程で、新しい割断試料の作製法が考案されました。低真空SEM凍結乾燥法は液体窒素で冷却して凍結するので、冷却過程で氷内部に生じた大きな温度差によって氷が割れて同時に試料が割れることがあります。氷と試料がともに割れてきれいな断面が得られることを利用して、積極的に試料を閉じ込めた氷を割って試料断面を作製する割断器が開発されました。従来のDEMSOやアルコール中に試料を入れて液体窒素で凍結後割断する方法は、特定部位を狙っての割断が困難でしたが、水凍結割断法は実体顕微鏡下で割断位置を調整して凍結割断を行うことによって、狙った位置に対して±0.04~0.1mm以内のずれで割断することができるようになりました。

1) 鈴木武雄, 柴田昌照, 田中和明, 土田恵子, 戸田龍樹.(1995). 低真空走査型電子顕微鏡を利用したプランクトン観察のための新しい凍結乾燥法とその応用. 日本プランクトン学会報. 42(1): 53-62.
2) 竹田元気, 谷口伸太朗, Foong Lai Peng, 戸田龍樹, 桑田正彦. (2009). 走査型電子顕微鏡用の新しい試料作製法の開発. 第20回高分子ゲル研究討論会講演予稿集: 87-88.
3) 戸田龍樹. (2009). カイアシ類(Acartia属)の本当の姿とは?. 日本海洋学会春季大会講演要旨集: 87.164.
4) 桑田正彦. 戸田龍樹. 鈴木武雄. (2009). プランクトンの新しい電子顕微鏡試料作製法:過冷却凍結乾燥法. 日本海洋学会春季大会講演要旨集: 88.
5) 山田優子, 太田裕彦, 桑田正彦. (2010). 寒天ビーズによるSEM試料作製法の評価. 第26回 医学生物学電子顕微鏡技術学会講演要旨集: 39.
6) 太田裕彦, 山下喜代美, 桑田正彦. (2010). 過冷却凍結乾燥法による試料断面作製. 医学生物学電子顕微鏡技術学会講演要旨集: 38.
7) 太田裕彦, 鈴木武雄, 桑田正彦.(2010). 過冷却水からの凍結乾燥による鰓の観察.医学生物学電子顕微鏡技術学会講演要旨集: 38.
8) 太田裕彦, 鈴木武雄, 戸田龍樹, 桑田正彦.(2011). 水凍結乾燥法による夜光虫のSEM試料作製.日本顕微鏡学会関東支部第35回講演予稿集.68. <最優秀ポスター賞(生物系部門)受賞>
9) 太田裕彦, 鈴木武雄, 戸田龍樹, 桑田正彦.(2011). 水凍結乾燥法における試料浸漬水の最適温度.医生電顕技術誌.25(2). 28.
10) 太田裕彦, 鈴木武雄, 戸田龍樹, 桑田正彦.(2011). 水とt-ブチルアルコールで凍結割断したヤムシ断面の比較.医生電顕技術誌.25(2). 29.
11) 山崎慎一郎, 佐藤誠一, 阿部一馬, 桑田正彦. (2011). イオン液体を拡散した試料のSEM-EDXによる濃度分布測定.25(2). 30.1-2.
12) 鈴木武雄, 名取則明, 桑田正彦. (2011). 水凍結乾燥法で作製した植物試料のSEM観察..医生電顕技術誌.25(2). 31.
13) H. Ohta. T. Suzuki. T. Toda and M. Kuwata. (2011). “A novel freeze-drying method using ice fixation”. 10th Multinational Congress on Microscopy. Italy Urbino.
14) 太田裕彦、阿部数馬、鈴木武雄、戸田龍樹、桑田正彦.(2011).冷却した水を使用した新しいSEM試料作製用凍結乾燥法.医生電顕技術誌.25(1):9-13.
15) 阿部数馬, 佐藤正紀, 太田裕彦, 桑田正彦.(2011). イオン液体の水凍結割断法への応用.医生電顕技術誌.25(1):5-8.
16) 太田裕彦, 穂積将男, 桑田正彦. (2012). 水凍結乾燥法の凍結過程における圧力の効果. 医生電顕技術誌. 26(2): 1-2.
17) 名取則明, 戸田龍樹, 太田裕彦, 桑田正彦. (2014). 動物プランクトン内部構造の観察手法とその応用例. 日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会講演要旨集. 22.